『ストライキ&サボタージュ』 1周年の「ユニオン・エクスタシー」の活動について Union Extasy リレーエッセイ 第1回
今年の6月某日に行われた「反G8鴨川コモンズ」において、ひと際やる気のないアピールを行った後、おもむろにバーベキューセットを取り出し、雨で水かさの増した鴨川の亀石のあたりでバーベキューを始めたグループがあった。ユニオン・エクスタシーである。
京都大学非正規雇用職員組合であるユニオン・エクスタシーはちょうど一年前、京大北部門前に「ストライキ&サボタージュ」と書いた立て看を立て、ある意味「センセーショナル」に、その存在を知らしめた。
「ストライキ&サボタージュ」という、自らが置かれている労働状況への怒りをこれほどまでに簡潔でユニークに、かつ魅力的に表現したものはなく、いやがうえにもこのユニオンへの興味を(一部に)駆り立てたのだ。発足当初は活動も活発で、「キリギリスのように楽しく働きたい」「労働に悦び(エクスタシー)を!」なるスローガンを書いたビラを、こまめに京大北部生協あたりで配ってもいた。
そしてこのユニオン、実際「キリギリスのように」活動している。つまり、「たまには活動しますか」的に、好きなときに、そして楽しくなければ活動しない。では具体的な活動はなにか。主にはパフォーマンスである。
メーデーには、移動式こたつに乗って河内音頭をかけ、時計台前のところにいる警備員さん相手に「メーデーを有給にしろー!」などと楽しく言ってみたりする。ボーナス日には棒とナスを持って、「ボーナスよこせ!」と尾池総長の部屋に、思いつきで突撃してみたりもする。
いろいろ破天荒なアイデアがあっておもしろいが、とくに長期的な見通しのもとになにか戦略があってやっているわけではない。だって「キリギリス」なのだから。組合員は、当初は2名。今年に入って、「組合名がかっこいい」「名乗ってみたい」といった、これまた適当な理由と適当な加入資格により加入者が激増。とはいえコアメンバー2名の、相変わらずの「キリギリス」ぶりである。
だが、「鴨川コモンズ」でも明らかになったとおり、彼らのパフォーマンスはときに重要な役目を果たすことがある。それが(当たり前だが)パフォーマティブな行為だからだ。なんの文脈もなくおもむろにバーベキューセットが置かれる。煙があがる。すると呼ばずともなぜか人が集まる。そうこうしていると警備員まで集まってくる。そうすると、どこからともなく、バーベキュー続行を支持するかのように、警備員に対する「帰れ」コールの代わりに、さまざまな即興の音が鳴り出す。さらに人が集まり、交流が生まれる。ひとつの「運動」となるのである。同時に、京大構内の活動でも明らかになったように、彼らはその自らの行為によって、煙を上げただけで、名実ともにオッサンな大人たちが、「常識」だの「規則」だのを振りかざしてすぐに血相を変えて恐ろしい顔をして集団でやってくる、という異常事態を白日の下にさらす(もちろん、いつもこんなにうまくいくものではない。どんなパフォーマンスも無視と冷ややかなまなざしには無力である。それでも気にせず続けるのが彼らだが)。
ここにこそ、彼らのパフォーマンスの意味があるのだ。そしてこれは続けていかなければ意味がない。
これが組合と何の関係があるのかとおもわれるかもしれない。大有りだ。「非正規雇用」の弱みにつけ込み、「規則」でがんじがらめにして、用がなくなればお払い箱、言うことを聞かなければ「くび」をちらつかせる。「雇ってやっているんだからありがたくおもえ、規則に従え」と、非正規雇用者に「自由」、「悦び」、「楽しみ」を禁止する。昼休みにバーベキューをする楽しみさえも奪っていく。たかがバーベキューだが、バーベキュー禁止は少しずつ外堀を埋めていく、最初の段階としてはもっとも手を着けやすいものなのである(オッサンらが空虚な「権威」を振りかざして「やめなさい」といえばだいたいはすむから)。
その魅惑的な組合名と、どこにでも出没しておこなうパフォーマンスとによって、さらにはその組合活動と規則の「緩さ」によって、昨今さらに知名度を上げているユニオンであるが、わたしの加入で現在コアメンバーが3名となった。3名は微妙な数字である。わがユニオンでも物事を決めるときは多数決であるが、全員一致はめったにない。そして2対1の1はだいたいにおいて、いや常に、わたしである。民主主義の限界があきらかになった。今後の組合活動のために、そして民主的な組合活動のために、組合員を募集します。
ユニオン・エクスタシーにぜひ加入を!
(加入資格は最近改定され、誰でも入れます)
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