「解決」への道の途上で (証言集会・京都実行委の活動)
昨年11月末、私達は台湾から呉秀妹アマー(*)をお招きして証言集会を行った。呉秀妹アマーは今年で93歳、台湾で名乗りをあげている元「慰安婦」被害者としては最高齢であるが、年のわりには心身ともに健康で(悩みといえば入れ歯と便秘くらい)、台湾での活動にも毎回積極的に参加されているそうだ。2006年の全国同時企画・京都の企画でお招きして以来、呉秀妹アマーとはささやかではあるが交流を続けてきた。好奇心旺盛で、明るくよく笑う可愛らしいおばあさんなのだが、90歳になってから骨折し、一ヶ月近く入院したのにもかかわらずリハビリに励み、驚異的に回復、退院したというエピソードからも秀妹アマーの強靭な精神力、「生きる」ことへの前向きな意志の強さをうかがい知ることができる。
貧しい家庭に生まれ、幼いときに養女に出され、騙されて中国の「慰安所」へと連れて行かれてしまった若き日のアマー。戦後しばらくして結婚するものの、「子どもができない」と夫から辛くあたられた。しかし「慰安所」にいたことを誰にも秘密にしていたアマーは、子どもを産めない理由を言うこともできず、夫から責められるたびに悲しく悔しい思いを一人で抱えなければならなかった。1992年に台湾の元「慰安婦」被害者支援団体・婦援会の呼びかけに応じて名乗りをあげるまで、自分がこのような辛い人生を送るのは「前世に悪いことをしたからだ」と考えていたそうだ。
台湾の被害女性の多くは呉秀妹アマーのような貧しい家庭出身で、養女に出された先から騙されて「慰安所」に連れて行かれている。婦援会はこのようなケースの背景に「親の保護も受けられず、いなくなったとしても誰も気に留めない存在」を狙った組織的犯罪があると指摘している。幼いときから大切にされる経験を受けられなかったアマー。誰かから大切にされる経験、その一番対極に位置するのは人間性と尊厳を徹底的に奪いつくす「慰安所」での暴力だ。
自分の痛みを理解してもらうこと、誰かから優しくされたり大切な存在だと思ってもらえること。このささやかだけれど、人が自分の尊厳を保つのに必要不可欠なものをアマーの人生から奪ってきたのが、日本の植民地支配と「慰安所」での暴力だ。そして、今もこの暴力は継続中である。あの手この手で被害者への謝罪と賠償を拒み続ける日本政府の対応は、人生をかけて訴えを起こした被害者たちに「何度言っても理解してもらえない」「頑張ってきたのに解決できない」といった否定感情を与え続けている。
婦援会は元「慰安婦」被害者の生活支援だけでなく、年に数回セラピーの先生を招いてワークショップを開催し、演劇や絵画やヨガなどを通してアマーたちが心に秘めた苦しみを解放し、自分自身を大切に思えるような活動を行っている。今、呉秀妹アマーが私達に見せてくれている明るさも、前向きさも、この婦援会の支えの中でアマー自身が取り戻してきたものなのだと思う。「92年間生きてきて、今が一番幸せ」――ひとまち交流館での証言集会の最後、アマーはこの言葉を言うなり感極まって涙が溢れ、それ以上語ることができなくなった。「婦援会に出会って、日本の支援者と出会って、今が一番幸せ」と言うのだ。アマーの涙に、私自身も涙が止まらなかった。
5年前、この活動を始めたときは「解決(=日本政府による謝罪と賠償)したい」という思いと、「解決はできない(=きっと政府は変らない)」という思いの間で揺らぎ、「解決」という最終的な目標から今いる位置を照らしてみては、自分の無力さを感じていた。被害者が生きているうちに「解決」がなされなければ、今、私達が歩んでいる「解決」への道は結果として無意味なのではないかと。しかし、各国の被害者をお招きし一緒に過ごす過程で――単純なことだが、アマーが「幸せ」と言ってくれたり、フィリピンから来たロラが「楽しかった」と言ってくれたり、そういったことの中で――その考え方は徐々に変っていった。「解決」へと歩んでいく道程で、私達はもっと肯定的なものを生み出していけるのではないかと。
高齢になった被害者たちは、「解決」の日を迎えることのないまま次々とこの世を去っていき、本当はもっと駆け足で進まなければいけない道ではあるが、その途上にある今が、残り少ない人生を過ごす被害者にとってひとつでもプラスがたくさんあるように願い、今年も活動を頑張ろうと思う。
* アマー(阿媽)とは台湾語でおばあさんの意
* 呉秀妹アマーの京都滞在記2008は証言集会・京都ブログで
読むことができます。http://shogenkyoto.blog70.fc2.com/
* 京都実行委の活動に関わっての思いを
『戦争への想像力』(新日本出版社)に書きました。
こちらもぜひご一読ください。
Tags: 人間の尊厳・人権擁護・啓発, 証言集会・京都
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