2008.07.16

『「労働」に抗する身体』 ハギハラカズヤ 
第1回 秋葉原連続殺傷事件

 このエッセイを書こうと、働くことについての自分なりの考えをまとめていたとき、25歳の青年が東京・秋葉原で無差別殺傷事件を起こしたというニュースがとびこんできた。それから容疑者となったKの生活環境や生い立ち、彼が犯行に及ぶまでに書き込んだとされる携帯サイトの掲示板の存在が報じられ、ぼくたちの知るところとなった。

 事件はあまりにも切ない。それは、無差別に殺された人間への痛みだけでなく、この事件をK個人の責任へと転嫁し、心理主義的に解釈しようとするメディアの力から、滲み出るように毀れた闇に触れてしまったからなのかもしれない。

 この事件を知ったとき、すぐに1968年に連続射殺事件を起こした永山則夫を思い出した。「思い出す」と言っても、事件から10年経て生まれたぼくにとって永山少年のリアリティは後知恵でしか持ち合わせていない。だが、地方都市を出て下請けや派遣労働という底辺を生きざるをえなかった共通の来歴を持つ永山とKは、時空を超えてどこかでつながっている。6月10日付『京都新聞』朝刊3面に、事件について鎌田慧が「永山元死刑囚の事件を想起」と題して寄せたコメントは、正鵠を射ていたように思えた。

 3年前の2005年、平井玄は『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』のなかで、次のように言い放っていた。

「もしも1950年生まれの永山則夫が逮捕されずに逃走し、どこか薄暗い都市の一隅か目立たない地方の街角に漂着してそこで名前を隠したまま家庭を持っていたとしたら、「無業者たち」「非正規労働者たち」とは彼の子どもたちなのだ――と。そして彼に射殺された四人の人たちに子どもがいたとしたら、彼らも含めて2005年の「永山則夫の子どもたち」は、1968年の父親とは違うどんな風景を今見ているのか――。彼らが歩いているのはネット空間だけではないだろう。彼らが見ていないようで見ている風景。むしろ「殺風景」を彼ら自身がどう突き崩せるのか。問題系の出発点はそのように大胆に転換されるべきなのである」。

ぼくはこの平井の想像力に、今回の事件の予感を嗅ぎ取ってしまう。

 K青年がネット掲示板に書き込んだとされる言葉は、残酷で虚しい。勝ち組と負け組、恋愛の成功者と失敗者、他者へのルサンチマン、あらゆる人間を正と負の二つのカテゴリーに分ける心性へと塗り込めていったやり場のない怒りや諦念。それらを書き殴るように打ち込んでいた青年の姿は、ぼくたちの生きるこの世界が生気を欠いた「殺風景」でしかない事実にあらためて立ち返らせる。ここには『13歳のハローワーク』で「自分の好きな仕事で生活の糧を得ている人と、そうでない人」の二つに、すべての人間を分類していった村上龍のあまりに陳腐な人間観が重なるだろう。

この文学者の人間観は「派遣法」改正という国の労働政策で生み出された自動車工場の派遣労働に生業を求めたKの、自嘲に満ちた言葉の、まさに映し鏡である。だがぼくたちは、そこから彼の葛藤を掬い上げることができない。事件にいたるまで必死で自己を物語化しようとした青年の言葉には、むしろその脆く危うい道程が記されているからだ。彼は、村上の言う「自己実現の物語」を必死で自分のものにしようとしながら、その空疎な人間観に痛み、はみ出した自分を、傷つけつづけたのではないか。掲示板の文字は、その亀裂をはからずも伝える。「やっぱ人って大事だと思う」という一文を犯行直前に書かざるをえなかったKは、自分が生きようとした「物語」の破綻を誰よりも鋭敏に感じ取っていた。人間を捉えるはずの文学が、そこに寄り添えないのだとしたら、文学はその程度のものでしかない。

 誰もが理解していて語ろうとしないことがある。「生きるために働かなくてはならない」というイデオロギーについてだ。生存のために賃労働に就かなければならないのは、資本主義社会の本質である。賃労働は、この世界のなかで、生を資本の支配権のもとに服していくことでしかない。資本は「生きるために働かなくてはならない」という焦迫を労働者に強い、「景気の調節弁」として大量の失業人口を吸い込んでは吐き出す。こうして生きる意味を問うことが、賃労働での「自己実現」に押し込められていく。「まともに仕事にありつけない人間は生きていく価値がない負け組だ」とするKの焦燥とは、ちょうど表裏にある。では障碍者は?女性は?在日外国人は?いくつもの疑問符がつくこのイデオロギーはいま、あらゆる人間を二つのカテゴリーへと切り分ける刃を研ぎ澄ませている。

鎌田慧が先のコメントで書いたのは、Kが派遣先の自動車工場で担った仕事についてだ。ロボット化の進んだ工場で、ベルトコンベアに乗って運ばれてくる製品の検査工程を黙々とこなす彼の仕事は殺人的な集中力を要する孤独なものだった。いつクビを切られてもおかしくない不安にたった一人で向かいながら、疲れた身体を馴染みのない街のアパートで癒す日々。ネット掲示板は、彼の微かな自己語りの手段だったのだろう。未就学のために内省の言葉を持ちえなかった永山則夫と、言葉が冷厳で不信に満ちたこの世界を捉えてしまったKとの隔たりはここにある。これが改正「派遣法」以後の「永山の子どもたち」が暮らす地方都市の荒涼とした風景(内的世界)なのだ。

人間を勝ち組と負け組に分けたKの苦悩は、彼の視野狭窄のせいではけっしてない。問題は、生きるために賃労働を強いるこの世界と、それでもなお収入を自分の労働能力に対する対価だと語ってやまない資本のイデオローグたちが、すべての責任をKへと押しつけたそのことにある。
 K青年とは、この労働世界を生きるぼくたち自身だ。

ハギハラカズヤ 2008年6月13日記
(PeaceMedia2008年7‐8月号掲載)
「”労働”に抗する身体」 ≫ 第2回に進む

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