2007.01.08

書評 『関口初等ドイツ語講座』 (written by ぴよ)

 ここ2年ほど、語学の勉強にはまっています。朝鮮語、英語、フランス語、ペルシア語、中国語。本当はラテン語とアラビア語もやりたいところです。語学の勉強は時間を取るし、いかにも「勉強しています!」という気分になるのがいいのでしょう。(身に付くかどうかは別です。)

 最近、ドイツ語を勉強しようと思い立ちました。あのごつごつした音は昔から気になっていたのです。何といったって、ヴェーバーもマルクスもドイツ語で考えたり話したりしていたのだから (いや、多分フランス語や英語やギリシア語もいけたんだろうが)。そこで手に取ったのが本日ご紹介する一冊。

『関口初等ドイツ語講座』。関口存男著。

大学の図書館の一角に埋もれていました。
1955年初版。驚くべきことに最近復刊されています。

 この本は一言で言って、古いです。本も古ければ文例も古いし、説明や解説の文章も古い。ところがそれが面白い。いや私にとってこの教科書の最大の魅力は、この解説の文章であるといっても過言ではないでしょう。

一例を挙げます。これはドイツ語の r の発音についてです。

「日本人にとって一番易しいのは舌先を振動させる、
いわゆる江戸っ子の巻き舌です。
これなら東京のした町に生まれた人には大抵できるはずです。
『何だってべらんめえ・・・』というときの 『ベランメー』は
ドイツ語に移せばまさに berammeh! で、
そのうちに段々と酔いが回って来て、クルッとケツをまくって、
手拭を左肩へ放り投げ、右拳でヒョイと鼻を擦って
ベランメー!と怒鳴る時には、berrammeh! と、
r は相当景気よく震えるでしょう。
みなさん、ちょっとやってみませんか?」

「クルッとケツをまく」るためには着物を着ていないといけませんね。
別に大したことではないんですが。

もう一例。 ch の発音について。

「例えば楽屋で女優さんが顔作りをしている。
そこへ召使いが花束を届けに来る。
女優はそれを受け取って『誰なの?』と問う。
召使いは『そこに名刺が着いております』という。
言われて女優は花束についている名刺を一目見る。
彼女の無心な態度はたちまち一変し、
まず花束を抱くようにして胸に押し付けながら、
深く胸を膨らませ、さて憧れの瞳を天に向けて
その次に何というか? Ach! という。」

はあ、女優さんが胸を膨らませて・・・
一体どなたからの花束だったんでしょうね?
それにしても宜しかったですね。
というか結局何を説明するための文章なんでしたっけ?

さらにもう一例。不定冠詞について。

「つまり、昔ゆかしい窮屈な語尾を引きずっているドイツ語も、上記の3箇所ではついに語尾をかなぐり捨てて英語と同一線上に零落してしまったわけです。ドイツ語のために多少遺憾の意を禁じ得ないものがありますな」

 と、こんな感じで進んでいきます。隅々までこんな感じです。
形容詞の説明を読んでいると突然 「ようござんすか?」と尋ねられたりします。味噌と糞とが一緒にされたりします。架空の読者が出て来て、作者と会話していたりします。

 念のために断っておくと、この本は全くきちんとした教科書です。シンプルな作り、厳選された単語、丁寧な解説。だからといってドイツ語が簡単になるわけではありませんが、大学1回生でフランス語を学んだとき、こういう教科書で学びたかったなあと思います。

 昔、祖父母の家に「暮しの手帖」という雑誌が山と積まれていました。まだ花森安治が編集長だった頃のもので、独特のお洒落な雰囲気と丁寧な文体が好きで、小学校に上がる前から愛読していました。
(一番好きだったのは『ミセス=マナーズの楽しいマナー』というコーナーでした。その割に私は行儀が悪いですが。)この教科書の解説文は、その文章に少し似ています。あの古い紙の匂いのする、もう話されない言葉たち。

 これからドイツ語を学んでみたい方、大学1回生でドイツ語を選択された方、江戸っ子の好きな方、思い出し笑いをしたい方におすすめの一冊です。最近復刊されたものが手に入りやすいですが、あの文体を味わいたい方は是非苦労して、1955年出版のものをお探しになってみて下さい。大学の図書館あたりにならあると思われます。

(*ただし、この作者は陸軍幼年学校出身者でして、そのため例文に腹立たしい文章が時々現れます。「日本に住んでいる全ての人間は天皇を愛し尊敬する」とか。文末に nicht とつけておきたいところです。) (了)


*編集部より:この書籍でドイツ語を学んでみようと思われる皆さまへ。
ぴよさんが述べられたように、本書は大変魅力的ですが、改訂版でも「新正書法」には対応していません。この点について予めご了解ください。

【寄稿】 ぴよ 2007年1月記/PeaceMedia 2007年3-4月号掲載

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