2009.07.18

『「労働」に抗する身体』 ハギハラカズヤ 
第8回 西向きの身体

 学校の黒板の設置場所には決まりがあって、全国どこでも教室の西側の壁なのだそうだ。重松清の小説「進路は北へ」に書かれている話だ。確かにぼくの通ってきた学校の黒板も、すべて西側にあった。何百万という日本の小中高校生が、平日の昼間に西を向いて座っている異様さ。西を向こうとしない生徒が「問題児」にされてしまう異様さ。主人公の国語教師ムラウチ先生は、「それを想像してごらん」と語りかける。

 学校では、「みんな」に合わせないと生きていけない。たとえば恋愛や将来の夢、興味関心といった個人的な話題を、あえてクラス全員の前で語りだす生徒なんていない。生徒も先生も、それが当たり前だと思い込んでいる。「みんな」に合わせようとしない、イコール、おかしな人。てか、クウキヨメヨ。「みんな」が西を向いているとき、一人東を向くなんて絶対にありえない。

 「先生、あのう…」

 教室に入ると、いつも何人かの生徒が声をかけてくる。聞き返してみると、どこそこの大学のオープンキャンパスに行ってきたとか、最近こんな本を読んだとか、生徒会委員のやる気がなくて困るとか、そんなことを延々話す。これから授業が始まるという時間なのにとどまることを知らない。おかげで時間の大半がつぶれてしまうから、授業が計画通りに進まない。

 ぼくの生徒たちは、放っておいたらいつまでもしゃべり続ける、西ばかり向いていられない人間の集まりだ。制服に身を包んだ姿は「みんな」同じに見えるけれど、こうして付き合っていると個々の違いがわかる。彼らのわずか十七年の人生には、いじめ、低学力、不登校、家庭問題など…、「みんな」に合わせて生きられなかった辛い過去があふれている。彼らはそれをクラスの誰かと分かち合いたくて、しゃべり続ける。先生、あのう…、雑談はやがて真剣な空気を生む。授業計画をすっ飛ばしても大事にしたいと思うのは、そのことだ。

 ある日のことだった。Yという生徒が「やばいで、先生。今度の選挙で民主党が政権を取ったら、在日朝鮮人の言いなりになって日本は終わりや」と言い出した。彼はそれを寝ないで調べてきた。インターネットで氾濫している外国人を差別視する書き込みを鵜呑みにした発言だった。そこでぼくは、彼に「それはちゃうで。何でそう思うん」と尋ねた。

 こういう話は、事実をもとに議論しないと危うい。植民地支配や侵略戦争という日本の加害の歴史、無権利状態に置かれた在日外国人の戦後史。学校では日本の近現代史を詳しく習わないし、ましてや日本にいる外国人の問題なんてほとんど扱われない。だから何が事実か判断する材料が生徒たちの手元にないのが実際のところだ。しかも勉強といっても知識の詰め込みばかりで、生き方を問い直すような経験を伴わないから、外国人に対する偏見が差別的な暴力であることに気づかずやり過ごしてしまう。インターネットで目にした、在日朝鮮人、マスコミ、教師を「犯罪集団」「マスゴミ」「売国奴」と誹謗する言葉にすんなり感化されてしまうのも、ある意味仕方がないことなのかもしれない。Yも次第に感情をむき出しにして、「外国人は日本を乗っ取ろうとしている」と言い始めた。

 Yは幼い頃から病弱で、同級生よりも一回り小さな体躯にコンプレックスを感じてきた。中学で激しいいじめを受けてからは、まともに学校に通えなくなった。そのため学力の面で取り残されたことも彼にとって深い傷となる。学校に行けばテストの順位を煽る言葉が投げつけられ、受験競争の「負け組」だという劣等感を抱いた。

 ぼくが彼と出会ったのは、三年生になってからだった。授業で学歴社会の問題点について議論をしていると、彼はいつも管理教育や競争主義に翻弄されてきた自身の経験談を語った。誰かの受け売りではなく、自らの痛みから発せられた言葉で、傷つけられた人間に対する優しさと、弱者を切り捨てる政治への怒りを込めた。だから、なぜ社会的弱者である在日外国人に対して、これほどまでの差別意識を持つのか、ぼくにはまったく理解できなかったのである。

 放課後、Yと二人で教室に残っていろんな話をした。彼は「周りはすごいやつばかりだ」「自分は生きている価値の無い人間だ」と語り、ぽろぽろと涙を流し始めた。授業中うまく意見が伝えられなかった辛さ、いじめにあって学校に行けなくなった苦しい思い出、本当のことをいうと、いままで周囲の人間を「敵」としてしか見てこなかった…。Yはぼくにそう打ち明けた。

 「みんな、敵」とは悲しい言葉だ。やさしく接してくれればくれるだけ、それに応えられない自分が小さく見える。誰よりも大きく強くなりたい。誰かに頼られるようになりたい。Yは西を向こうと必死になった。そして学校では毎日、矛盾が同居する心を隠すように、武装した。ある夜、パソコンの画面に映し出された在日朝鮮人を中傷する文字が、苛立った気分の捌け口を示す。ヤツらは苦労せず利益を享受している、今度はぼくから何かを奪うにちがいない、と、出会ったことも見たこともない外国人が、彼の敵になった。

 武装を解いて、ありのままの自分を受け入れてみないか。ぼくが彼に言えたのはそれだけだった。西ばかり向いていられない身体は、世界を他人とは違うように眺めている。ぼくはそれを個性と言うべきだと思う。差別の解消は、一つの方角に向かって生きる意識との決別からはじめてもいいはずだ。

 それから彼は、他人と違う自分をうれしそうに語り始めた。教頭が「こんな時間までいい加減にしないか」と言いに来るまで、時間が止まったように感じた。

先生は「想像しろ」と言った。
朝十時。ニッポン中の小学校や。中学校や。高校の。教室で。何百万人の。児童や生徒が、みんな席に。ついて。黒板を見てるんだ。みんな西を向いて、みんな左側から日差しを浴びて。
想像した。最初は笑って、でも、すぐに背中がぞっとして、顔がゆがんだ。
ひどい場所だ。サイテーの空間だ。アナゴを思い出す。わたしたちはアナゴだ。パイプの外に出て行けない。

(重松清「進路は北へ」『青い鳥』2007年、新潮社)

ハギハラカズヤ 2008年7月記
(PeaceMedia2009年8-9月号掲載)
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