2006.09.30

かげもん 『京都というまちを考える試み。』第3回 
都市の変貌 「ジュニア京都検定」を解体セヨ

 数日前、大阪の鶴橋を歩いた。鶴橋と言えばコリアンタウンというイメージも浮かぶが、実をいうと、そのイメージは最近つくられたものである。つい数年前まではちょっとしたコリアンタウンという雰囲気だったが、数日前訪れたときは、ものすごく韓国韓国した雰囲気になっていて、観光客が溢れていた。
ニューカマーの店が圧倒的に増え、韓国語訛りの店員の日本語が響いていた。コリアンタウンという、一つのイメージがマスメディアを通して爆発的に拡大した結果、都市がイメージを追うように変貌したのだと思う。

 鶴橋はもともと近鉄と城東線(現:環状線)が交わるという地理的条件によって、戦後闇市のまちとして発展した。在日朝鮮人の集住地域である猪飼野(いかいの:現在この地名はない)は鶴橋からは多少離れている。実は鶴橋のまちがコリアンタウンとイメージされるようになったのは、ここ20年くらいのことである。このあたりの詳細は藤田綾子の『大阪「鶴橋」物語 ごった煮商店街の戦後史』(現代書館:2005)という良書にゆずるが、都市のイメージと歴史がかけ離れている場合が多い。

 では、京都の現在はどうだろうか。京都には歴史があるし、様々な文化財がある。私たちがそれらに対して浮かべるイメージと歴史的事実が合致しているだろうか。おそらく、私も含めて、それらの歴史を喋れるほど知っている人は少ないと思う。それはそれでいいと思うが、現在京都ではイメージの押し付けが強行されようとしているのだ。大問題である。

その問題であるのが「ジュニア京都検定」(ジュニア日本文化検定)である。
詳細は【PeaceMedia】にも載せられているのでそちらにゆずるが、京都のいいイメージばかりを押し付ける内容である。全く綺麗な都市として、しかも天皇が長く京都にいたことなどを強調することにより、子どもに誇りを持たせようとする検定である。そのようなもの、つまり「汚い部分」の歴史を覆い隠したものを教えるとはどういうことなのだろうか。一つのイメージを押し付けられた都市の完成を企んでいる人たちが京都にいるのだ。

 まちは、私たちのイメージや活動によって変化させなくてはならない。行政や教育によってまちのイメージをつくりあげられたとしたら、そこは私たちのまちなのだろうか。さらにそれを義務教育で行うことも憤慨である。

 都市のイメージが、勝手に役人や財界人たちによって義務教育を通してつくりかえられようとしていることに対して、少なくとも私は怒っている。私たちは現在、「ジュニア京都検定」を阻止することによってこそ、新たな都市空間を夢想できるだろう。

(C)かげもん 2006年9月記 (PeaceMedia2006年10-11月号掲載)
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