2009.02.02

『「労働」に抗する身体』 ハギハラカズヤ 
第5回 送辞

 高校生だったころのぼくがずっと思い悩んでいたのは、自由とは何かということだった。学校はどうして生徒の自由を規制し、統制と管理を強いてくるのか、その答えを探しつづけた。

 父親の書斎に置いてあったマルクスの『資本論』やフランクフルト学派の哲学書には、資本主義社会が生み出した「学校」という場所への批判が書いてあるかもしれない。そう思いながら、本棚に手をかけ、理解できない言葉を必死で解読した。彼らの本から「管理社会」というフレーズを見つけ出したのは、そのときだった。

 人間を自由にするはずだった近代という時代が、合理性の名のもとに人間を支配し、抑圧していく。マルクスに学んだフランクフルト学派の理論家たちは、その帰結をドイツのファシズムに求め、「管理社会」という用語を編み出した。だが押さえこむものがなければ、自由への欲求は存在しないのだろうか。その意味で、自由とは、自由でないことの逆説的な状態なのかもしれないと、当時のぼくは考えた。

 高校には、遅刻することもあれば、髪の色を染めて行くこともあった。制服が嫌いだったから、だらしなくシャツを垂らし、腰の下あたりにズボンをずりさげて歩いた。授業を抜け出しては、ゲームセンターやカラオケ、パチンコ屋に行った。べつにこれといって楽しいわけではなかったが、縛りから解き放たれた清々しさがそこにはあった。

 学校に行かない日は、家でピアノやギターを弾いて、曲を作った。
学校に着ていく服にも個性を出したかったので、自分でコートを作ったりした。この間違った世界を変えたいと、ノートの隅に走り書きした文字を思い出す。得も言えぬ不安に被いつくされた裏返しが、自信たっぷりの言葉となって表れていたのかもしれない。ただ、何かを創造することが抑圧への抵抗だと思っていたのには違いなかった。

 おい、ハギハラ!朝、校門をくぐると、きまって生徒指導の教師に呼び止められた。セリフはいつも「オマエの頭の色は何だ、直してこい」とつづいた。茶色に染めた髪が校則違反だと言う。生徒手帳にはそんなことは書いていないと返すと、「黒い髪の毛は社会慣習だから」と来た。極めつきは、「校則を守ることさえ考えればいい、オマエの脳ミソはそのためにある」だった。

 ぼくは自転車を投げつけた。何かが崩れそうだった。気がつくと、通ってきた道程を、今度は歩いて引き返していた。自由とは、自由でないことの逆説的な状態なのだと何度も呟いた。管理社会の権力が襲いかかり、逃げ場が失われる。そのとき人は、自己の内面へと閉じこもり、そこに窮屈ではあるが確かな自由があるのを発見するだろう。「わたし」の内面にあるこの自由こそが、社会を変える根拠地なのだ。どこかで聞いたことのある言葉にも感じられたが、高校生のぼくにはそれで十分だった。だが、社会を変えたいという願いさえ、学校という場所では、まずは自分から変わろうとなる。あなたの意見はもっともだけど、もっと信頼されるようにならなきゃ。教師というプリズムに光を当てれば、社会の問題が、なぜか自分の問題に置き換わってしまう。

「社会を変えようとするよりも先に、自分が変わるべきなんだとわかるね。何でもすぐ他人のせいにする態度を変えるべきなんだ。社会は、それぞれの人の内の観念以外のものではないのだから、それぞれの人がよくなる以外に、社会をよくする方法なんてあるわけがないんだ。」

(池田晶子『14歳からの哲学』)

 これはウソだ。社会を変えることと、自分を変えることに順番なんてない。自分と他者の不幸が等しいものだと感じるから、人は社会を変えたいと願う。大切な誰かとともに生きたいから、自分が生きている社会を変えたいと思うのだ。池田の文章は、あらゆるものに順位をつけたがる教師の言葉に似ている。不正に満ちたこの社会を変えることが遠い世界の話に見えてくる学校の風景と同じだ。

 池田はまた、いい人間だけがいい社会をつくれると仄めかしている。しかし、自分がどうしようもなくダメな人間だということを、ぼくたちは知っている。人を欺き、馬鹿にし、傷つけ合って、日々を生きている。失敗を他人のせいにするのだって珍しくない。この世界の現実には、言葉にならない悲しみが横たわる。だがぼくたちは、どうしようもない存在だと自覚するからこそ、誰かとともに生きる幸せを夢見てきたのではないのか。ダメな人間に社会を変える権利はないというのは、あまりに白々しいセリフじゃないか。

 マルクスを高校時代に読み始めて、かれこれ十年以上になった。その間にアントニオ・ネグリもエドワード・サイードもと、たくさんの愛読書が自分の本棚に並ぶようになった。だがいつも立ち返るのは、自由とは何かを問いつづけたころ、貪るように読んだマルクスの本だった。

 貧しいことは決して不幸なことではないと、マルクスならば言うだろう。なぜなら、貧困は孤独な人間を、仲間の輪のなかへと突き動かしていくからだ。エゴを捨てて、人と出会い、感じ、活動し、愛することへと向かわせるからだ。そして襲いかかる貧困の苦しみを仲間とともに分かち合うとき、人間はこの世界を変える力を手にする。年末年始、「派遣村」のニュースが見せてくれたのは、まさにこのことだった。

「欠乏は、人間にとって最大の富であるほかの人間を、
欲求として感じさせる受動的な紐帯である」

(カール・マルクス『経済学・哲学草稿』)

 マルクスが「コミュニズム」と名づけたこのイメージには、あまりに人間的で自由な営みが満ちている。いまのぼくならばマルクスを借りて、自由とは、他者とともに生きることだと、定義し直すだろう。

 高校と塾で、はじめて受け持った生徒たちがもうすぐ卒業する。
 その旅立ちのときは、ともに自由を謳おうと思っている。

ハギハラカズヤ 2009年1月記
(PeaceMedia2009年2-3月号掲載)
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