2011.09.21

「原子力を問う」ドキュメンタリー4本一挙上映 
2011年9月25日(日)ドキュメンタリーフィルムライブラリー

【日時】 2011年9月25日(日)13:00~17:00
【場所】 ひと・まち交流館 京都 第5会議室
【参加費】 一般1000円 学生・シニア800円
【主催】 ドキュメンタリー・フィルム・ライブラりー
【問合】 又川(075-344-2371)


9.25.DFL「原子力を問う」ドキュメンタリー4本一挙上映を企画しました。
まだまだ、原子力の問題を追及していきます。

  • 2011年5月13日インタビュー/51分
    河田 昌東(チェルノブイリ救援・中部 理事)
    「汚染の中で生きる-チェルノブイリから学ぶこと-」

    移住も出来ぬまま、汚染地に取り残されたチェルノブイリの被災者。25年後の今も続く深刻な健康被害。農業再生と地域復興を目指す「菜の花プロジェクト」。汚染の中でどう生きてゆくのか。
  • 2011年6月21日インタビュー/54分
    今中 哲二(京都大学原子炉実験所)「低線量被曝とは」
    政府の避難基準・20ミリシーベルト。100ミリシーベルト以下の低線量では「健康被害は確認されていない」というのは、本当なのか。低線量被曝のリスクを詳細に解説。
  • 2011年6月21日インタビュー/56分
    小出 裕章(京都大学原子炉実験所)「3ヵ月後の今」
    福島原発で何が起こっているのか その4
    メルトダウン、メルトスルー、溢れそうな汚染水・・・事故から3ヶ月経った今、福島第一原発はどうなっているのか。明らかになりつつある汚染の実態。私たちはどう暮らしてゆくべきなのか。
  • 「子どもたちを放射能から守れ 福島のたたかい」
    (37分、2011年制作、湯本雅典監督)
    福島の子どもたちは、今でも外で満足に遊ぶことができず、屋外プールもできず、除染活動を独自に進める市町村が増えつつも、そこで出た放射性廃棄物の処理方法はほとんど何も決まっていません。
    毎時3.8マイクロシーベルト基準は今も生き続け、この高い数値を基準に子どもたちの生活が安全か否かが、今だにはかられています。この事態を根本的に変えるには、福島県外からの全国的な支援活動以外をもっと強めること以外にはないと思います。

<原発震災・ニューズリール>でお話していただいた方々

小出裕章(こいで・ひろあき)さん

京都大学原子炉実験所・助教。専門は放射線計測、原子力安全。東北大学の原子核工学科在学中に原子力発電に関わる様々な問題点を知り、その後、伊方原発裁判、人形峠のウラン残土問題、JCO臨界事故などで、放射線で被害を受ける住民の側に立って活動。原子力の専門家として、そのリスクや問題点についての研究活動に精力的に取り組んできた。
著書:「放射能汚染の現実を超えて」北斗出版 、「隠される原子力・核の真実-専門家が原発に反対するわけ」(創史社)など

今中哲二(いまなか・てつじ)さん

京都大学原子炉実験所・助教。研究課題は原子力施設がもたらす環境影響に関する研究、広島・長崎原爆による中性子線量評価に関する研究。チェルノブイリ原発事故の放射能災害研究の第一人者。「チェルノブイリ事故による放射能災害—国際共同研究報告書」を1998年にまとめ、2007年には「チェルノブイリ原発事故の実相解明への多角的アプローチ—20年を機会とする事故被害のまとめ」を編集。福島原発事故後の3月28日~29日、飯舘村で空中放射線および土壌の放射線調査を行い、引き続き飯舘村へ通っている。著書(共著)に「チェルノブイリ10年―大惨事がもたらしたもの」(原子力資料情報室)、「チェルノブイリ」を見つめなおすー20年後のメッセージ(原子力資料情報室)など。

河田昌東(かわだ・まさはる)さん

1940年秋田県生まれ。2004年に名古屋大学理学部を定年退職。
現在、四日市大学非常勤講師。専門は分瀬生物学、環境科学。1960年代から、四日市公害裁判や芦浜原発建設反対運動などに参加。1990年より、チェルノブイリ救援・中部の代表や理事として、原発事故被害者の救援に取り組む。1995年からは、遺伝子組み換え問題にも取り組んでいる。
「チェルノブイリ救援・中部」は、チェルノブイリ原発事故で大きな被害を受けたウクライナで、現地の団体と協力して、粉ミルクを送る、医薬品や医療機器を送るなどの支援に取り組んでいる。2006年からは、さらに、土壌から放射能を除去し、農業復興による地域再生を目指す「菜の花プロジェクト」を開始。


「子どもたちを放射能から守れ 福島のたたかい」
(37分、16:9)DVD

3月11日の震災、12日、14日の福島第1原発の水素爆発、それは私たちにとって今まで経験したことのない、すべての人を窮地に陥れる「放射能災害」を引き起こしました。

私は、震災直後は身近で始まった市民の活動の取材を始めました。その運動は最初はゆっくりと、そして徐々に加速しその輪を広げ、「脱原発」の雰囲気は大きな世論となりつつあります。

しかし、一方で福島現地では事態は一向に好転しない状況が続いています。福島原発の事故の収束は進むどころか「メルトダウン、メルトスルー」であったことが、ひた隠しにされていたことが発覚しました。また水素爆発がまきちらした放射性物質は、福島県内外に飛散し地表等に付着し放射線を出し続け、その結果学校や保育園等では子どもたちが外での活動ができなくなっている事態が続いています。この事態に対して国や福島県は、「年20ミリ~100ミリシーベルト、毎時3.8マイクロシーベルトまでは、安全」と言い放ち、被災直後の各教育施設の放射線値測定を怠り、子どもたちを放射能の中で放置してきました。そしてその状況は基本的には今も続いており、事態は何も変わっていません。

福島の子どもたちは、今でも外で満足に遊ぶことができず、屋外プールもできず、除染活動を独自に進める市町村が増えつつも、そこで出た放射性廃棄物の処理方法はほとんど何も決まっていません。

毎時3.8マイクロシーベルト基準は今も生き続け、この高い数値を基準に子どもたちの生活が安全か否かが、今だにはかられています。この事態を根本的に変えるには、福島県外からの全国的な支援活動以外をもっと強めること以外にはないと思います。

この事態の危機を真っ先に察知したのは現地の親、そして教職員組合でした。この映画は3月以降の福島の親、教師の闘いを時間の流れを追いながらまとめたもので、7月23日レイバー映画祭で首都圏では初めて上映されました。私はこの映画の普及を通じ、いまだに危険な状況下に子どもたちが放置され続けている現実を全国に知らせたいと思っています。

このDVDビデオ販売活動は、その収益の半分を子どもたちの避難、学校や地域の除染、対行政交渉などをすすめている「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」(代表・中手聖一さん http://kofdomofukushima.at.webry.info/ 略称「子ども福島」でも検索できます。)にカンパとしてお送りする支援運動としても位置付けております。

(企画案内より)

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